精神科医療と心理学に関するあれやこれや

初老の精神科医が、精神科医療の現実や心理学的知見などについて徒然なるままに書き散らします

書評 人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション  小林桜児著

まずは最近読んだ本の紹介をしてみようと思います。書名はタイトルにあるように

 

人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション

小林桜児著 日本評論社 定価1900円+税

 

です。私はここ数年、愛着(アタッチメント)の問題についてずっと考えてきました。そのことはまた追々書いて行ければと思いますが、その流れの一環として、著者の提唱する「信頼障害」という言葉が気になり、この本を手に取ってみた訳です。

 

実は精神科医療の現場では、残念ながらアルコールや薬物などの依存症を苦手とする人がとても多いのです。地域の第一線の精神科医療機関であっても、アルコールの問題や薬物の問題について当事者本人や家族が相談を持ち掛けても「うちはアルコール(や薬物)は専門外でして…」とやんわり断られることが意外と多いというのが現実です。その理由の一つは、いわゆる依存症の患者とされる人たちが「意志が弱く、だらしなく、治療から脱落しては周囲や医療者に迷惑をかける存在である」と認識されてしまっていることにあります。

 

神奈川県立精神医療センターという大都市の第一線の病院に勤務する著者は「まえがき」の中で、”本書が生まれる原動力となったのは、依存症にまつわる世間一般のイメージに対して、私が抱いてきたいくつもの違和感である。”と綴り始め、”依存症患者全般に共通する心理や精神状態を、これまで語られてきたものとは若干異なる角度から理解しようとする試みであり、(中略)依存症患者は「『人』を信じられず、アルコールや薬物といった『物』やギャンブルや買い物などといった『単独行動』しか信じられない」という「信頼障害仮説」である。”と仮説の提示を行っています。

 

「信頼障害仮説」がどのようなものであるか、詳しくは是非この本を手に取って読んでいただくのが一番だと思いますが、著者と同じように依存症患者の世間一般・医療者一般の認識に違和感を抱いてきた人間としては、非常に現場での感覚にフィットする仮説であると感じられました。

 

仕事で知り合う患者さんばかりでなく、実は私には個人的に「依存症っぽいよなぁ」と感じられる何人もの友人・知人が居るのですが、それらの友人知人がふと垣間見せる「内面にポッカリ空いたブラックホールのような孤独感や辛さ」が、この仮説にある視点を用いると非常に深く理解できるように感じています。

 

是非多くの人-特に仕事やプライベートでこのような傾向のある人と接する方たちに読んでいただいて、これまでとは別な視点から相手の方を理解する一助にしていただけたらなぁ…と思っています。